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らくだカイロプラクティック
らくだカイロプラクティック

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休日:木曜・第3水曜日
住所:札幌市東区苗穂町3丁目
4-18 DearCourt苗穂101(1F)
TEL-011-742-8833
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~「脱ゆがみ=うきうきな毎日☆」~これを知れば何か得られるのかも・・・?!


これはすべて個人の感想で、エビデンスが担保されているものでもありません。

また、万一、私の表現であなた様に、混乱、不安、不快感を抱かせてしまったのであれば、それはまったくの本意ではないことをご理解して頂けましたら誠に幸いに思います。

※~「脱ゆがみ=うきうきな毎日☆」~のPDFデーター・ダウンロードはこちらPDFダウンロードページへ行く

10、事実認知=勇気

かの、武田教授が申されるように、

人は、「事実を受止めるには相応の勇気が要り」、かつ、「人はそうあって欲しいことを信じる」

つまり、人は、「にっちもさっちもどうにもブルドッグwow・・・ (゚∀゚) 」という領域に入り込むならいざ知らず、

その事実認知が辛いものであるほど、事実とは逆であるところのそうあって欲しいことを信じようとする傾向にあると言えます。

もしかしたら、それは、事実認知=自己の欠点認知だと言えるのかも知れません。

そもそも、人もシステムも未来へ向け発展・成長すること自明で、発展・成長するということは、

言い換えれば、現時点において一部欠点があるからこそ、夢と希望いっぱいたる未来へ向け発展・成長の余地を作るともいい得ます。

また、システムは人が作るものであります。

つまり、人とシステムには、何らかの欠点・否定から逃れること不可避であると言えます。

しかしながら、その否定は全否定に非ず、部分否定に過ぎなく、同様に、肯定は、全肯定に非ず、部分肯定に過ぎない。

しかしながら、人は、上に記したように、自らの欠点を、素直にしてポジティブには認知したがらない動物(もちろん、私もそうです・・・ ^^; )であるとも言い得ます。

また、「苦悩やジレンマの罠」に陥っているときほど、否定を全否定に、肯定を全肯定と解釈する傾向にあると言えるのかも知れません。

そして、その不可避な欠点を、自ら勇気を持って認知し得ないときであるほど、

他者に責任転嫁し押し付けようとして、他者のあら捜し、個人攻撃、詭弁、拡大解釈、論点のすり替え・こじつけ・押し付け

権威への訴えなどで、自己欠点認知を回避しようとする傾向にあるとも言えます。

言い換えれば、「にっちもさっちもどうにもブルドッグwow(=開き直る)」という領域に行かないと、欠点認知をポジティブにはし得ない傾向にあるとも言えますが、

人は、(高齢者後期はさておき)免疫力・耐性力、受容力・学習力が逓増(ていぞう→次第に増えていく)して行くように出来ているとも言えるので、

ある意味、人はそういう風になるように出来ているとも言えるし、一般社会では、尚の事、しょうがないと言えるのかも知れません。

だからこそ、人は、相互リンクにして相補性たる心身と人間関係を相関させながら、心の傷を慰め合い、癒し合い、そして、恋が生まれるのかも知れません。

しかしながら、日々、状況が変化し過ぎている現代の世の中では、そのマジック(魔法)は永遠には続けられない。

つまり、認知すべくところの事実認知を避けるほど、避けようとするがために、結果的に、「これは、こうでなければならない」「これはこうあるべき」という感じで、

過度に緊張・力んだところの硬直的・束縛的な生き方をせざるを得ないとも言えるし、人間関係をせっかく育んだところの他者にまでそれを強く押し付けたりしたなら、

せっかく育んだところの人間関係はぎくしゃくし、新たなる問題ごとが創造され、

しまいは、元の木阿弥(もくあみ)となり、その関係は、愛などが深まる前に、やがて、エピローグ(終章)を迎えるのかも知れません。

つまり、自由がよいのなら孤独に耐え得るだけの「力への意思」がなければならないし、孤独に耐え得る「力への意思」がないのなら、自由は相応に束縛されること不可避であり、

故に、その頑固たる意思は、何らかの価値観を共有すべく他者との融合に向かうよう振舞わざるを得ないという感じなのかも知れません。

即ち、かの、ロビンソン・クルーソーの如く、無人島で1人ぼっちの自給自足生活でもしない限り、

人は1人では生きられないので、認知すべくところの事実認知は、やはり、不可避であると言えます。

拠って、せっかちにならず、あせらず、徐々に、事実認知をして行くことこそが、得策なのかも知れません。

そして、事実認知をすると、その分、勇気が得られる。

つまり、事実認知=勇気であると言えます。

11、皮肉過程理論

さて、 米の心理学者であり、ハーバード大教授でもあったダニエル・ウェグナー博士が概念づけた、 「皮肉過程論(白熊効果)」なるものがあり、

人というのは、脳内で「監視プロセス」を強化することで、真逆因子の進入を防ごうとします。

つまり、強くそう思うほど、「思考プロセス」は真逆因子の進入を防ごうとするため、ある時期までは、分離するであろうといい得るのですが、

それは、脳内において消滅させているわけではなく、単に「監視プロセス」が、「空気清浄機」や「浄水器」の「フィルター」の如く分離させているに過ぎず、

分離領域が飽和状態となり限界点に達すると、何らかのトリガー(誘発)因子がきっかけとなり、皮肉にも、脳内の思考が真逆因子でいっぱいになる。

http://www.wjh.harvard.edu/~wegner/ip.htm

つまり、それを考えないようにしようとするほど、しまいは、皮肉にも、結果的に、それを考えてしまう。それも、利子つきで・・・。

その「皮肉過程論(白熊効果)」には、ある意味、

かの、エミール・クーエがいう「努力逆転の法則」、つまり、『「想像」と「力への意思」が逆にあり対立する場合、勝利してしまうのは想像の方である』

というのを含んでいると言えるのかも知れません。

例えば、ダイエットの失敗や、それによるリバウンド現象をイメージすると、より、それは、具現化されるのかも知れません。

つまり、(無理・出来ないなど)「ネガティブな想像」>(出来る・成し遂げる)「力への意思」のときほど、「ネガティブな想像」通りに未来が実現する傾向にあり、

(無理・出来ないなど)「ネガティブな想像」<(出来る・成し遂げる)「力への意思」のときほど、「力への意思」通りに未来が実現する傾向にあると言えます。

だからといって、「ネガティブな想像」を失くせばいいというものでもなく、それがないと、それは、それで、「リスク・マネージメント」をし得ない傾向にもあるので、

あくまでも、(出来る・成し遂げる)「力への意思」を最優先にさせるという意味であります・・・。



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